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 エミレーツ航空 ドバイ経由 チュニジア旅行記
7日目 チュニジア・ドゥッガ遺跡に突入編


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■チュニジア屈指のローマ遺跡 ドゥッガにいざ 



チュニジア旅行も気が付けば終盤、今日は世界遺産のドゥッガ遺跡を観に行きます。これで世界遺産を3日連続で見ることに。



ハビブ・ブルギバ通りはやっぱりしゃれています。



ドゥッガまではまずこちらの路面電車で



北バスターミナルに向かい



ルアージュという乗合タクシーで向かいますが、実はドゥッガ遺跡には公共交通機関は乗り入れてないため途中の街で降りて、そこからいろいろ頭を使う必要があります。



チュニスもちょっと中心部を外れるとご覧のような平野が見えてきます。



100キロ近く離れているため、途中休憩もありました。







なかなか日本にいると拝めない広大な風景がひろがっています。



運転手にドゥッガと伝えてあったんですが、全然わけのわからない場所で降ろされました。
おそらく遺跡には数キロくらいのところにはいると思うんですが。そうするとガキがスクーターでやってきました。

自分をのせて小遣い稼ぎをするつもりだったんでしょうけど。つたないフランス語の筆談をやっていると、車に乗ったおじさんが来まして「ドゥッガ?」とうなずくと「乗りな」と。



どうも本当の善意で、あっという間についたドゥッガ遺跡の裏口で気持ちばかしのお金を渡そうとしたら断られ丁重にお礼を言って無事にドゥッガ遺跡に到着。 問題は帰りなんですがw
(通常は往復でチャーターして運転手にはドゥッガ遺跡の入り口で待ってもらうため)、まあそれは何とかなるだろということで



ドゥッガ遺跡をまわっていくことにします。




■チュニジア ドゥッガ遺跡 1 



最盛期には1万もの人が暮らしていたドゥッガ。



その後は衰退し、19世紀に学者たちが発掘をするまで完全に忘れ去られていました。



自分は遺跡の裏口から入ったんですが、本当に石の塊といった感じ



ドゥッガ遺跡って個人旅行では以前も書いたように行きづらい場所にあるので、その分観光客は少なく本当に独り占めした感覚で回ることができます。



リビコ・ピュニック廊、これはローマ時代以前の建築物らしい。 ちなみに碑文があったんですが、それは



イギリスに持ち出され大英博物館にあるとか。



ここらへんは公衆浴場だったような、家には当然ですが今みたいに風呂がないので公衆浴場を使っていたようです。そして同時にそこで人々はコミニケーションを図る場にしていたのではないでしょうか。






広場でしょうか・・・・











何千年も前にこれだけの完成された街があったこと、そしてこれらが今も残っていることに本当驚嘆してしまいます。
続きます。


■チュニジア ドゥッガ遺跡 2 



前回に引き続きチュニジア屈指のローマ時代のドゥッガ遺跡をご堪能ください。










神殿が見えてきました。



ドゥッガ遺跡の象徴、キャピトル(神殿)。







ちょうど丘から見渡せる場所にあります。



キャピトルの大きさがお分かりいただけるかと思います。







ほとんど柱しかありませんが、カエレスティス神殿



そして3500人収容可能な劇場











約2時間半、太陽の直射を受けながらじっくり見ました、グループツアーだと1時間半程度で次に行くようです。
このペース配分の気楽さが個人旅行の強みでしょうか、一方でこれからどうやって帰ろうか考えなければならないのが個人旅行のちょっと面倒なところでしょうかw


■チュニジア デブルスークへの楽しい道中 



いろいろ金額交渉しまして最終的にこちらのおじちゃんにチュニスへのバスが通るデブルスークに乗せてもらうことに。



道中いろいろ見せてくれましたが、



のどかな自然に感動そして



驚いたのはいきなり行き手の前に現れたこの軍団。



前にもリアルタイムで更新しましたが、この牛と羊の軍団にはびっくり。



まったく車を無視。。。。



そしてその後ろをうつむきがちで歩く羊たち。



こちらは停止して見守るだけ・・・・



しっかり後ろにお目付け役が・・・・



そしてさらに進むとご覧のようにロバがw 本当に楽しいドライブでした。







帰りは道が空いていることもあり2時間を切るペースでチュニスに帰ることができました。


■チュニス旧市街を徘徊



ドゥッガから戻ってきて陽も高いし余力もあるので、ついでにチュニスも回ってきます。上の写真はフランス門。



やはり首都の旧市街だけににぎわいは、1番ありました。







上野のアメ横といったところ



にぎわっているだけにスリ、置き引きにご注意



こちらの街自体が世界遺産です。















チュニジアに来てすぐにここに来ればもっと感動したかもしれないけど、トズール、スース、ケロアンのメディナのほうがよかったかな。


■チュニジア最後の夜@チュニス 



お土産を買いにスーパーに



スーパーで売っているお菓子がおいしくてお土産にちょうどよかったです。



ストレートな販売



陽が暮れかかるころ、ホテルにいったん戻って写真を整理したりしているうちにうたたね・・・



外に出ると街は暗くなっていました。







夕飯はセットメニューを、これがツーリストには一番楽・・・・



味はまあまあ・・・・


■チュニスで喧嘩騒ぎを目撃 



夕飯を食べ終えてからチュニスの大通りをぶらついていたら、人が一斉に口元を抑えて道端のカフェから出てきたので「いったい何か起きたのか?」と思ったら、



一か所に人が走りだしカオス化しはじめました、テロか暴動が起きたのか思ったのでマジでビビりました・・・・



どうやら喧嘩だったようですが、一つ驚いたのはこういった喧嘩みたいなものに人は遠巻きで見るものなのに交戦好きなのか参戦するかの勢いで一気に人が群がったのは驚きましたし、正直危険を感じました。

日本大使館のHPに書いてある通りおとなしくホテルに戻ったんですが、翌日になって道端に警察車両が多く見当たったのが気になりました。

さてこんなことを書いたのも自分が旅行をしたそのあと2012年9月中旬にチュニジアの隣のリビアでイスラム教を侮辱する映画に激怒した市民が米国領事館を襲撃、逃げようとした大使が殺害されるという前代未聞の事件が起きことがあります。

それによって隣国のチュジニアでも翌日米国大使館が襲撃されました。

基本的にチュニジアで出会った人はいい人ばかりでした、しかし乱闘やこの件を見ているとちょっとしたきっかけで爆発するマグマを持っていることを痛感せざる得ませんでした。

ドバイ経由チュニジア旅行記 8日目に続く




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