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さらば!寝台特急 北陸 急行 能登 2010年3月廃止


■寝台特急 北陸号



真冬の夜の上野駅は寒いっす・・・・
まずは23時3分初の寝台特急 北陸号 金沢行きからです。



さすが廃止間近の土曜日ということでかなりファンが詰めかけています。はじめて知りましたがリネンは上野駅で詰め込むんですね。



夜行列車の旅情が日本から消えていきます・・・・



北陸新幹線開通までは残すかと思いましたが・・・・・・
民営化による選別は本当シビアになりました。



先頭の機関車のまわりもすざましい人ごみ。なんとか人ごみをぬって撮影。



東京でみれるブルートレインはあけぼのだけになってしまった・・・



ご覧のような人ごみです。



この案内も3月12日までです。



こちらは個室A寝台だと思います。



さあ北陸の中心地 金沢に向けて出発です。




■急行 能登号



出発の20分前くらいにはホームに入線してきます。



ボンネット型で僕が生まれるずっと前から走ってきました。



いつか廃止が来るとは思っていましたが、やっぱり来るとさみしいものです。



まだまだ近くで見ても全然走れそうですが・・・定期運行終了後は廃止とのこと。



実は定期運行終了後も臨時能登号は走るようですが、JR東日本の485系型の6両編成が使われるとのことで実質見おさめになります。



急行は全国で定期で走っているのが3本ですが、能登の廃止で2本になってしまいます。



このグリーン車も結構貴重



撮影していたら新型の常磐線の車両が入線してきました。時代の流れを感じるな〜



アホな人が盗まないことを祈ります。



最後にどアップを撮影して終了です。


■北陸号、能登号 最終運転見送りレポート@上野駅



22時20分くらいに上野駅に着きましたが、すごい人。



能登号も混乱回避のため、13番線ホームからの出発になっています。



この札も本日が最後。



43分ごろにゆっくり入線してきました。



最後に詰め込まれたリネン。



車内販売も満員御礼だけにサヨナラグッツを詰め込んでおこないます。



先頭のほうにきましたが、身の危険を感じるほどすざましいもみ合いが・・・



定時に発車できるのか心配しちゃいましたが、無事に北陸号は金沢に向けて旅立ちました。出発時のすごい長い汽笛がいつも泣けます。



北陸号が出発した後なんとかカオスから脱出しましたが、状況はこんな感じ。 ある意味、去年の富士・はやぶさよりやばかった。



続いて急行能登号。もう観れない・・・



背伸びしてカメラを思いっきり上にあげて撮影したら、なんとかこんな写真が。



本当まあ廃止前からこれくらい注目が集まっていればもうちょい存続できた気もしますが・・・・
まあ車両も限界でしたから。



とうとう最後には警察によるホーム立ち入り入場規制をスタート。 まあしょうがないよね、本当先頭部はやばすぎた。



例によって弁当が売られていましたが、去年の富士・はやぶさ弁当のような華がないな。


■北陸号・能登号 関連記事
さらばボンネット型、急行「能登」最後の検査
3月12日に廃止されるJR西日本の夜行急行「能登」(金沢―上野)最後の「交番検査」が2日、金沢市乙丸町の金沢総合車両所で行われた。

 「能登」は1959年に誕生し、一時、運行を停止していたが、75年から寝台特急「北陸」(上野―金沢)を補完する夜行急行として復活した。93年に「ボンネット型」(489系)車両を導入。JR最後のボンネット型車両として鉄道ファンの根強い人気を集めている。

 交番検査は3か月に1度実施する「定期健康診断」で、同社が保有する能登3編成のうち2編成は1月に検査済み。この日は18人の検査員が作業にあたり、ハンマーで車体をたたいて異常音がないか調べる「打音検査」のほか、電流回路を交流から直流に切り替える「交直転換器」の点検、運転席内の機器の動作確認、室内座席のチェックなど、故障がないかを念入りに調べていた。

 検査責任者の張田一重班長(54)は「花形の電車だったので寂しい。私が国鉄に入った頃の車両で、大雪の時の整備は大変でしたが、丈夫な電車にできた自負はあります」と話し、自らの鉄道マン人生と重ね合わせていた。

 最終運行となる3月12日の乗車券は、2月12日午前10時から全国の「みどりの窓口」で販売開始となるが、「全国のファンが一斉に買おうとするので、おそらく一瞬で売り切れるだろう」(金沢支社)としている。

(2010年2月4日01時32分 読売新聞)

カメラ探訪:夜行「北陸」「能登」、来月廃止 最後の雄姿に熱視線 /北陸
3月のJRダイヤ改正で定期運行を終える寝台特急「北陸」(金沢−上野)と急行「能登」(同)。廃止が発表されて以降、最後の雄姿を目に焼きつけようと鉄道ファンが連日、駅や沿線に詰めかけている。

 上野行き能登は午後10時15分、北陸は同10時18分に金沢を発車。それぞれ午前6時過ぎに上野に着く。帰りはいずれも午後11時台に上野を出て、午前6時半前に金沢着。長年、若者や出張族などに重宝されてきた。

 廃止まで1カ月を切った今月15日夜、金沢駅では平日にもかかわらず、男女約50人のファンがホームの端からカメラを向けていた。発車直前、北陸と能登が並ぶ。この約10分間が撮影のゴールデンタイム。身を乗り出し過ぎて警備員に制止される男性もいる。

 車内は乗り納めのファンでほぼ満席。卒業旅行を兼ねて北陸に乗り込んだ石川県の高校3年生4人組もその一員。藤井崇さんは「寝るのがもったいない」と興奮気味。夜行列車初体験の黒坂正和さん、多幡剛さんは「狭い寝台でワイワイできるのが楽しい」。母から「寝にくいわよ」と聞かされていた木下直人さんは「シーツもきれいで予想より快適だ」と満足そうだ。

 ファンの人気は高まるばかりだが、夜行バスや格安ホテルの登場もあり、近年、一般客の夜行列車人気は低下。最近の乗車率は北陸が6割程度、能登は2割以下だった。「夜行で上京」という旅のスタイルは、過去のものとなりつつある。【小林祥晃】

毎日新聞より

「北陸」「能登」 最後の雄姿にファン3000人

 13日のJRダイヤ改定で廃止される寝台特急「北陸」と急行「能登」が12日夜、最終運転を迎えた。下り列車が発車した上野駅には最終運転としては過去最大規模の約3千人、上りが発車した金沢駅には約1500人が詰めかけ、半世紀以上も上野―金沢間を結んだ列車を見送った。

 北陸は1950年、能登は59年に誕生。高速バスや新幹線の登場で利用率はJRが発足した1987年の3割程度に落ち込み、廃止が決まった。上野駅ではこの日夜、13番線ホームから列車が相次いで出発すると、「ありがとう」の声が響きわたった。

 一方で、規制ロープから出て写真を撮る人が後を絶たず、北陸の出発時には、先頭の機関車付近で、後ろから押されて転倒する人や、もみ合いになって額から出血する人もいた。

 鉄道ファンの中で撮影目的の人たちは「撮(と)り鉄」と呼ばれるが、マナーを守らないのは一部だ。この日の上野駅でも大半は、譲り合って写真を撮っていた。だが、発車直前になると、先頭車付近に集中。週末の金曜とあって、カメラ付き携帯電話を突き出す酔客らも押し寄せ、混乱に拍車をかけた。

 東京都三鷹市に住む岩倉高校1年の星野佑さん(15)は、学校の試験休みを利用して、この日まで5夜連続で上野駅に足を運んだ。高校でも鉄道を学び、関連業界への就職を希望している。子どものころから「夜行列車は花形」とあこがれてきた。

 だが、「撮り鉄騒動」には眉をひそめる。「カメラのフラッシュをたくのは運転の際に危険。マナーを守れない人には来て欲しくない」。高校の同級生2人と一歩下がって車両をカメラに収めていた。

 今回の最終運転でJR西日本は車掌を倍以上に増やし、車内でも警戒に当たった。JR東は、警視庁に異例の警備要請。数十人の警察官が警備に当たった。JR各社は「今後も同様に続けていくためにも、マナーは守って欲しい」としている。

    ◇

 上野駅を定刻の2分遅れの午後11時35分に出発した急行「能登」は、ドア付近に立つ人も出る満席状態。乗客の多くは鉄道ファンで、見送りのためホームに詰めかけたファンが手を振るのに応えた後は、車窓からビデオカメラで夜景を撮ったり、スピーカーにマイクをかざして車内放送を録音したりとあわただしい様子だった。

 ソファが置かれた「ラウンジカー」では、携帯ストラップやタオルなどのグッズ販売に長い列ができた。カップルで金沢まで乗るという中川隆広さん(38)=東京都江戸川区=は「夜行列車の旅行が、彼女とつきあいを深めるいいきっかけだった。今日は2人で寝ずに過ごします」と話した。(河原田慎一)
2010年3月13日1時39分 asahi.comより



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